元横綱輪島の思い出

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今朝Yahooニュースを開いたら

大相撲の元横綱・輪島こと輪島大士氏が死去 70歳

という記事がトップニュースにあった。
そうなんだ~
輪島が亡くなったんだ。

追悼込めて横綱輪島の思い出を。

sumo_yumitorishiki

昔々、いつだったっけ?
大相撲の地方巡業が近くであって力士
たちはホテルとか旅館ではなく民泊す
ることになった。

今はホテルや旅館に宿泊するだろうけど
昔は民泊だったのか?はたまたその時だ
けだったのか?
こどもだったから分からないけど。

私の亡くなった父は顔が輪島にとても
似ていた。
それはこどもの私から見てもそう思う。
けっこうそう言う人は多かった。
で、輪島は横綱だし似ていると言われて
父もまんざら悪い気はしていなかった風。

で、地方巡業でやって来ることになり、
興行主から頼まれた父は横綱輪島の民泊を
引き受けた。

それからがさあ大変。
ま、実際大変なのは母なんだけど。
父は指示するだけだから。

亡くなった父はお祭り男で人が大勢集まっ
てイベントするのが大大大好き。

ご近所さん、友人知人、親戚、仕事関係の
人に「輪島が来るから見に来い」と声をか
けまくった。

庭に運動会の時に使うようなテントをいく
つか建てて(輪島の名前入り)、輪島が来た
時にまずそこで歓迎セレモニーをやった。
(相撲甚句のバックグラウンド・ミュージッ
ク流しながら)

もちろん野次馬てんこ盛りの中で。
輪島は上野のパンダ状態。

あ、輪島はつまらなそうだったけど^^;

夕食も実家の座敷で大勢お客さんを呼んで
大宴会。

輪島は食事が済むと寝室に入り誰かと長電話。
弟子が3人一緒に泊まって輪島の世話をして
いた。
彼らは弟の部屋で寝たような記憶がある。

輪島がお風呂に入る時は弟子がふたりがかり
で身体を洗っていた。
トイレはどうだったっけ?




輪島が使う布団はこの日のために特大サイズ
で新調してもらった。

父は特別相撲ファンというわけでなく、ただ
単に自分と似ていると言われ嬉しくなっちゃっ
て民泊を引き受け大好きなお祭り騒ぎをした
だけ。

母は食事の世話、諸々の世話、庭での歓迎セ
レモニーの準備。
テントや布団の新調手配。
まったくご苦労さんだよねー
私だったら絶対引き受けない、止めさせる。

今冷静に思い返すと父と母は赤塚不二夫の
バカボンのパパとママのようだったかも。
うちの場合は母が父より13歳年下だったけど。

輪島もそうゆうのを感じたのか家を出る時に
ことさら母にお礼を言っていた。

きっとあの頃が輪島の横綱としてのピークだ
ったのかな。

あの頃は父も元気で絶好調の頃だった。

父と母と弟と私の4人家族の思い出の一コマ
を蘇らせてくれたニュースだった。

元横綱輪島のご冥福をお祈りします。

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